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プロフィール
前鹿児島県議会議員 鹿児島市・鹿児島郡区 ■公式ホームページ www.yamaguchi-osamu.net ■昭和23年(1948)1月 西之表市生まれ 榕城小、榕城中を経て鹿児島工業高校電気科卒業 ■昭和41年(1966)4月 九州電力株式会社入社 ■昭和48年(1973)1月 第1回九州青年の船 鹿児島県代表 ■昭和63年(1988)6月 九州電力労働組合 鹿児島県支部執行委員長 ■平成元年(1989)6月 鹿児島県地方労働委員会 労働者側委員 ■平成5年(1993)11月 連合鹿児島事務局長 ■平成7年(1995)4月 鹿児島県議選初当選 ■平成15年(2003)3月 鹿児島県立短期大学 第二部商経学科卒業 ■平成15年(2003)4月 鹿児島県議選2期目当選 ■平成18年(2006)11月 ホームヘルパー2級 取得 ■平成19年(2007)4月 鹿児島県議選3期目当選 以前の記事
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5月20日(金) 三陸海岸大津波を読もう!
過日、吉村昭著の「三陸海岸大津波」が増刷されているとの報道がありました。妻で作家の津村節子さんは、増刷による印税は今回の被災地に寄附をされているとのことです。 「三陸海岸大津波」の原題は「海の壁」だったそうです。記録文学者と言われる吉村昭氏は、現地を隈なく歩いて実体験の声を聞き、古文書を調べ、学校の作文集を調べ、臨場感あふれる貴重な一冊になっています。 三陸地方では、津波のことを「ヨダ」と言うそうです。本書には、明治29年の大津波、昭和8年の大津波、昭和35年のチリ地震による大津波、昭和43年の十勝沖地震の大津波などがまとめられており、史実に基づいた貴重な記録小説です。是非ご一読されて下さい。 「三陸海岸大津波」を読みましたが、残念ながら津波の経験が皆無であったことから、三陸沖に太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート、そしてユーラシアプレートの四つのプレートがぶつかり合って、地震と津波の危険性が極めて高いことに考えが及びませんでした。 特に東北地方には、今から1142年前の869年(貞観11年)にM8.3以上という貞観大地震が起きており、地震と津波で大変な被害があったことが「日本三大実録」に記されているところです。 私は日本の国の乏しい資源を考え、産業経済と福祉教育を支えるためには原子力エネルギーが必要だと、原子力発電所の安全性と情報公開を第一に、原子力発電を推進を訴えてきた一人です。 しかし今回の「東日本大震災」による津波で福島第一原子力発電所で原子炉事故が起き、甚大な被害をもたらしていることに深く反省するものです。 これからは、エネルギーと国のあり様を論議し、加えて原子力発電所周辺の自然災害の歴史を実証しながら、その対応策を考えて行く必要性を痛切に感じています。
5月16日(月) 風車 風が吹くまで昼寝かな!
早いもので5月も半ば、そろそろ梅雨が近づいてきます。石谷町の畑には色づき始めた麦の穂が大きく膨らんでいました。鹿児島は麦の刈り入れ時と入梅が重なるためか、麦の作付けは少ないようです。 ![]() この句は、広田弘毅の生涯を描いた城山三郎著の【落日燃ゆ】に出てきます。広田弘毅は太平洋戦争の責任を問うた東京裁判で、ただ一人文官で死刑になった元総理大臣です。 風車の句は、広田弘毅が外交官時代にオランダに移動を命じられたときのもので、本人にとっては納得できない人事異動だったのでしょうか? しかし、必ず自分を必要とする時が来る、その時までしっかりと人間を磨いておこうという気持ちを表した句と言われています。 野に下がった私ですが自分を磨きなおして、私を必要とするところで皆様に恩返しをしていこうと思っている昨今の心情をこの句に託して申しあげているところです。 「風車 風の吹くまで昼寝かな」
5月12日(水) 連続の被災地ご訪問!
今日は、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震から丁度2ヶ月です。被災地の復興はまだまだこれからです。現地には全国からホランティァの皆さんが駆けつけて必死の復興活動を展開しています。 そのような中で特筆されるのが、天皇皇后両陛下の被災地へ出かけてのお見舞い巡幸です。宮内庁のホームページを見ますと、3月16日にお見舞いのビデオ収録を済まされてから、被災地へのお見舞い巡幸がはじまっています。 その日程を振り返って見ますと、 ○3月30日(水) 足立区武道館お見舞い(都内避難者の皆さん) ○4月 8日(金) 埼玉県加須市お見舞い(都内避難者の皆さん) ○4月11日(月) 都内避難者にお会いになる(御苑) ○4月14日(木) 千葉県旭市お見舞い(旭市海上公民館) ○4月15日(金) 都内避難者にお会いになる(御苑) ○4月22日(金) 茨城県お見まい(大津漁港ほか) ○4月27日(水) 宮城県お見まい(南三陸町ほか) ○5月 6日(金) 岩手県お見まい(花巻市ほか) ○5月11日(水) 福島県お見まい(あずま総合体育館ほか) なんと7週間連続して被災者のお見舞いに出かけられています。77歳になられた天皇陛下、76歳になられた皇后陛下、お年をめされておられるのに何と言うご努力でしょうか、本当に頭がさがります。 そして被災地を訪れた時は、膝をついて避難者の皆さんと同じ目線でお話しをされる姿を見ますと、なんともいえない気持ちになります。 このような天皇陛下、皇后陛下のお姿を拝見していますと、昭和天皇が国体の開催地を訪れた時、右手に帽子をかざして多くの皆さんに挨拶をされた姿にそっくりです。特に背中の様子は昭和天皇そのものです。 報道によりますと、これからも被災地を訪れてお見舞い巡幸をなされると聞きます。お体をご自愛されてご無理をなさらずに「お見舞い巡幸」をしていただくことをご祈念いたします。 新聞マスコミの報道は天皇皇后両陛下の被災地訪問は確実に報道されていますが、皇太子殿下、文仁親王殿下のお見舞いの報道はほとんどなく、「皇太子殿下、文仁親王殿下は被災地にも行かずに何をなされているのか?」と、多くの皆さんが怪訝に思っているのではないでしはょうか。 宮内庁のホームページでは、皇太子殿下も文仁親王殿下も回数は天皇陛下に及ばないものの、お見舞いに出かけられています。 報道機関は、国民が不思議がることのないように、皇太子殿下、文仁親王殿下のお見舞いについてもどしどし報道されることを望むものです。 本当に天皇皇后両陛下には頭がさがります。ご苦労さまです。
5月3日(火) 捨てる物ばかり
連続10日間となる連休は今日で5日目です。3日からは後半がはじまるとか。5月の連休はかってはゴールデンウィークとか言って、もてはやされた時代もありました。 私にとって今年の連休は身辺整理の日々となりました。書棚の整理、諸々の所持品の整理、などなど雑然とした私の部屋の大掃除の連休になっています。 明日は来週からのバイク通勤に備えてヘルメットを探しに出かけます。 それから今後のブログですが、心に残った日だけ書き込むようにしたいと思っています。
5月1日(日) 猫の額の・・・・
今日はメーデーの日です。 猫の額ほどのスペースに茄子、トマト、糸瓜、ゴーヤの苗を植えました。 ![]() 明日からは適当に水をやり、この小さな苗を見守っていきます。 (追伸) ホームページの見出しがまだ修正できていません。 ただいま、校正中ですので、しばらくこのままで御容赦くださいませ!
4月30日(土) 普通の人に戻る
今日からゴールデンフィークが始まりました。初日の今日は私が無官の一県民、普通のおじさんに戻った日でもあります。 朝から後援会関係の書類整理に追われました。捨てるもの、残すもの、一つひとつの品々に想いでがあり、なかなか処分の踏ん切りがつかず、一緒に作業している家内に叱られることしばしばでした。 悪戦苦闘した後片付けも15時には一段楽してほっとしました。しかし、なんと捨てるものの多いことか、日頃から整理整頓をしかりとしていれば、このような難儀はしなくてすむというものを? 郷土の偉人西郷さんは、「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也」と申していますが、私自身、仕事がなくなり今でいう名刺の肩書きがなくなりました。これまでサラリーマン生活42年、県議生活12年、必ず名刺を持ち歩いて挨拶をしていましが、今日からその名刺はありません。 これからは地域の皆さんから真の社会人としての評価でお付き合いが始まります。 西郷南洲遺訓などを熟読して、わが身を振りかえることも大変大事なことだと思い、今日から南洲遺訓を読み直してみたいと思ったところです。
4月29日(金) 熱い一日でした。
ついに県議会議員山口修としての今期最期の日が来ました。連休初日と言うのに、桜ヶ丘団地を中心に設置していた後援会の看板を、職場の後輩達が撤収作業をしてくれました。感謝です。 看板は、遠くは家内の実家の上甑町の港通りにも設置していましたが、これは上甑町の住んでいる弟達が取り外してくれました。後援会活動の原点となる看板は議員の顔であり、後援会の皆さんの活動のエネルギーでもありました。 長年預かっていただいた、貴島さん、横山さん、山下さん、山中さん、岩井さん、小森さん、波江野さん、町田さん、上之園さん、吉松さん、甑島の丸山さん、ご協力ありがとうございました。 このようにして多くの皆さんに支えられての3期12年であったことを胸にしっかりと刻んだ一日でした。 皆さん、本当にお世話になりました。 今日はメーデーでした。連合鹿児島の主催する第82回メーデー鹿児島県中央集会は、鹿児島市山下町の中央公園で開かれました。スローガンには、「働く者の連帯で、東日本大震災を乗り越え、安心・安全な社会をつくろう、がんばろう東日本!、つながろうNIPPN!」が掲げられていました。 会場にはいろいろなブースが設けられ、私を応援してくれるUIゼンセン同盟は、今年も大人気の「飴細工コーナー」を開き、子供たちに飴細工の妙技を見せていました。UIゼンセン同盟は地場中小企業の労組で組織される労働組合です。鹿児島県の活力を取り戻すためには地場中小企業の育成と、そこに働く皆さんへの支援が不可欠です。 地場中小企業の皆さん、鹿児島県勢の再浮揚のためには皆さんの頑張りが不可欠です。新しい鹿児島を創るために共に一汗掻いてがんばりましょう。
4月24日(日) 議員の任期は29日(金)まで!
いよいよ県議会議員としての最後の一週間が始まりました。今週は議会控え室の整理、知事部局への挨拶、関係団体への挨拶等であっと言う間の1週間になりそうです。 ![]()
3月30日(木) 小学2年生と保育園
私の最大の友人の一人である上籠さんのお孫さんが、陣中見舞いに来てくれました。4年前はまだ4歳の幼稚園児だったお姉さんは小学2年生、大きくなったものです。 ![]() 今回の東日本大震災をきっかけに、忘れられた日本のあるべき姿、望まれる勤勉で勤労な日本人は何処に行ったのか、戦後の歴史をひもときながら考える時です。 皆さんといろいろな立場から大いに議論し、これからの日本そして鹿児島の道筋を考えて行きましょう。
3月16日(水) 鹿児島市の「デジタル防災行政無線整備計画」について
13日に開催した県政報告会の中で、東北地方太平洋沖地震を見て「県と鹿児島市の防災無線の関係はどうのようになっているのか」との質問がありました。 台風接近のとき、県の災害対策本部が立ち上がりますが、併せて周辺自治体も災害対策本部をたち上げます。県と各自治体の関係は、県と縦系列の関係はなく、あくまでも独立した関係とのことです。 今回の津波で町全体が壊滅的な被害を受けた南三陸町に接近する津波の様子が、何回ともなく放映されています。 その放映されるビデオには、津波の接近を知らず、一生懸命になって防災無線のマイクから、町民に避難を呼びかける女子職員の声が流されています。この職員さんはまだ行方不明とのこと、なんとか生きていて欲しいと思います。 予想だにしない巨大な津波であったことは事実です。桜島の噴火と向き合う鹿児島市の防災無線はどのようになっているのでしょうか。 鹿児島市役所の市民部安心安全課に電話をして聞いて見ました。 鹿児島市では、平成23年度から市内の防災無線を総合更新する整備スケジュールを計画しています。 件名は、「デジタル防災行政無線整備計画(素案)」となっており、鹿児島市を鹿児島地域、桜島地区、郡山地域、東桜島地区、松元地域、吉田地域、喜入地域の7つのブロックに分けて調査設計を行なう計画です。 鹿児島地域の整備計画は、 1,平成23年度は電波電搬調査・現地調査・実施設計。 2,平成24年度は親局・中継局・屋外拡声子局。 3,平成25年度は屋外拡声子局、戸別受信機。 4,平成26年度は屋外拡声子局 鹿児島地域は以上の順番で整備を行なう計画(案)となっています。なお他の地域の整備計画は、 桜島地区と郡山地域は、平成24年度中に整備終了予定です。 東桜島地区と松元地域は、平成25年度中に整備終了予定です。 吉田地域と喜入地域は、平成26年度に整備終了予定です。 となっています。 ◇ちなみに整備経費・運用経費は次ぎの通りになっています。 1,整備経費:工事費など約30億円 2,運用経費:電気料金、電波利用料、修繕費、保守料など年間約3千万円 となっています。 鹿児島は台風常襲地帯ですし、豪雨地帯です。平成5年の8.6水害を思いますと、総合更新する「デジタル防災行政無線整備計画」が、一日でも早く完成運用することを願う者です。 < 前のページ次のページ >
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